ドーピングとは?

 

(1)ドーピングの歴史

一般的にドーピングとは競技に勝つために薬物を使用することと考えられていますが,実際こうした意味でのドーピングの歴史は古く、既に古代ギリシャ・ローマ時代の勇者がコカの葉を噛んで競技に出場したと言われています。これは競技力の向上というよりも,幻覚作用などを利用して精神の高揚を図り,命をかけた猛獣との戦いでの恐怖や不安感から逃れるためにドーピングを行ったのでしょう。

またスポーツ界でのドーピングは古くからあり,古典的記述によると,早くも紀元前三世紀には,古代ギリシアの医師ガレンが選手に興奮剤を処方した記録が残っています。

 

(2) ドーピングの語源と由来

「ドーピング(doping)」の原語である「ドープ(dope)」の語源は,アフリカ東南部の原住民カフィール族が祭礼や戦いの際に飲む強いお酒“dop”とされています。これが後に「興奮性飲料」の意味に転化し,さらに「麻薬」という意味でも用いられるようになりました。しかしこの当時ドーピングの対象は人ではなく馬でした。19世紀後半になって,これが人間のスポーツ界にも広まってきたのです。

英語の辞書に「ドープ」が初めて載ったのは1889年のことで,「競走馬に与えられるアヘンと麻薬の混合物」と説明されています。

 

(3)ドーピングの定義

「ドーピングは,スポーツと医科学,双方の倫理に反する。ドーピングとは,・禁止薬物に属する物質の投与,及び/また・禁止方法の行使である。」(IOC医事規定より)

つまり,ドーピングとは・・・  @禁止薬物に属する物質の投与

および/または

A禁止方法の行使である                             と定義されています。

また,一般的に採尿を中心としたドーピング検査をドーピング・コントロールと呼び,ドーピングを禁止するための一連の活動のことをアンチ・ドーピングと呼んでいます。

(4)禁止薬物について(2004年1月1日発効・2003年11月25日改定)

@興奮剤

中枢神経を刺激して敏捷性や敵愾心(てきがいしん)・競争力を高め,疲労感を低減する作用を持ちます。しかし,正常な判断力を失わせ競技相手に危害を与えたり,転倒事故を引き起こす可能性もあります。

興奮剤の中には,覚せい剤取締法で規制されている「アンフェタミンとその関連物質」の他,かぜ薬等の市販薬に含まれている「エフェドリン」や「カフェイン」,喘息の治療に用いられる「β2‐刺激剤」も含まれています。

(β‐2作用薬)

次の4種類を除き禁止

a.フォルモテロール b.サルメテロール c.サルブタモール d.テルブタリン

 

A麻薬鎮痛剤

治療中の怪我やスポーツ障害による激しい痛みを和らげる作用を持ちますが,障害をさらに悪化させます。また,判断力を鈍らせ技術向上の妨げになる他,身体的にも精神的にも依存性が強く,医学的にも社会的にも使用が規制されています。

 

Bカンナビノイド類

カンナビノイド類(例:ハシシュ・マリファナなど)は禁止対象となっています。

注:カンビノイド類は大麻使用の証明となる主要代謝物

 

C蛋白同化剤

いわゆる筋肉増強剤と呼ばれる薬剤で,筋力を強めたり筋肉の量を増やすこと及び闘争心を高めることを目的に使用されます。男性化も促進します。有酸素性パワーや有酸素性能力を上昇させる作用はなく,がんや心臓血管系・内分泌系・心理面への有害作用,催奇形性など重い副作用が多いです。また,これらの副作用に対する治療方法が確立されていないことも大きな問題になっています。

以下の2つに大別されます

a.蛋白同化男性ステロイド(AAS) b.非ステロイド蛋白同化剤

 

Dペプチドホルモンおよび類似化合物

体の中に存在する筋肉増強作用を持つホルモンの分泌を刺激するホルモン剤や、蛋白同化剤以外の筋肉増強作用を持つホルモン類,赤血球を増加させる作用があるホルモン剤等の使用が禁止されています。

a.エリスロポエチン(EPO)

b.成長ホルモン(hGH)とインスリン様成長因子(IGF−1)

c.胎盤性ゴナドトロピン(hCG)―男性にのみ禁止

d.下垂体性および合成性腺刺激ホルモン(LH)―男性にのみ禁止

e.インスリン

f.コルチコトロピン類

 

E抗エストロゲン作用薬

男性のみに禁止されています。

a.アロマターゼ阻害薬 b.シクロフェニル c.クロミフェン d.タモキシフェン

 

F隠蔽(いんぺい)剤(主に利尿剤)

 a.利尿剤 b.エピテストステロン c.プロペプシド d.血漿増量剤

利尿剤については,尿量を増加させることにより,使用した禁止薬物やその代謝物の尿中濃度を相対的に低下させたり,使用した痕跡を隠蔽(マスキング)することを目的に使用されます。また,体重別種目がある場合には,急速な体重減少のために使用されます。

 

GS8糖質コルチコイド類

 

 

(5)禁止方法について

@酸素運搬の促進

a.血液ドーピング

b.酸素の摂取・運搬・輸送を促進する物質を使用すること。

競技者に血液やその成分の一部,または血液製剤を投与することで,主に血液の酸素運搬能力を向上させ,全身持久力を高めることを目的に使用されます。競技者自身の血液を使用する場合と他人の血液を使用する場合がありますが,この方法は心臓循環器系に大きな負担をかけると同時に,他人の血液を使用する場合には輸血にともなうアレルギー症状や肝炎,AIDSなどの感染症の危険性を有します。

 

A薬理学的・化学的・物理的不正操作

禁止薬物の腎臓からの排泄を遅らせる薬物を使用したり,他人の尿と取り替えるなど,尿に不正な操作を加えることが禁止されています。

 

B遺伝子ドーピング

遺伝子又は細胞ドーピングとは,競技力を向上させうる遺伝子,遺伝子要素あるいは細胞を治療目的以外に使用することです。

 

 

(6) ドーピングの検査方法

 みなさんもご存知の通り,現在のところ尿による検査が一般的です。ここでは、尿検体による検査方法についてお話していきます。

 私達は今回のワークショップにあたり,アトランタオリンピック女子ソフトボール日本代表・藤本佳子(ふじもとよしこ)さんにお話を伺いました。藤本さんもアトランタオリンピック期間中,2回の尿検査を体験されており,その取材内容も合わせて説明していきます。

 

尿検査については,

@尿を採取して,その尿を分析すること

A尿サンプルはAサンプルとBサンプルの2つに分けること

B検査室で採尿された尿がその選手本人のものであることを選手も検査側も確認しその後,その採取した尿サンプルに異物や薬物が混入されないようにすること

以上の3点についてはどの競技団体や競技会,また競技会検査や競技会外検査でも変わりません。

 

 

 

 

次に、IOC医事規定から抜粋した検査手順を記します。

IOC医事規定に記されているドーピング検査手順(抜粋、要約)

      一般的には、ドーピング・コントロールは,最終順位4位までの競技者と,無作為に抽出した他の競技者を対象とする。

      競技または最終結果の決定直後にドーピング・コントロールの対象として選ばれた競技者は,組織委員会によって任命されたドーピング・エスコート(以下エスコート)により,ドーピングコントロール通知書が渡される。

      競技者はこの通知書を受け取ったあと1時間以内にIDカードとドーピング・コントロール・パス(エスコートが渡してくれる)を持って,ドーピング・コントロール・ステーションに出頭する。このときコーチ,医師またはチームメイトが1名付き添うことができる。

      競技者は,ドーピング・コントロール・ステーションで以下の3点をもらう。(すべてシールされたパックに入っている。                                                 1)採尿容器    2)検体キット(ボトルA,ボトルB)                                    3)部分検体キット(尿量が不十分な場合に保管するため)

      競技者は,採尿容器を選び,同姓の係官の監視のもと採尿容器に75ml以上の尿を採取する。競技者は,約2/3の尿をAの検体ボトルに,残り1/3をBの検体ボトルに入れる。このとき2〜3滴の尿を採尿容器に残しておくようにする。(尿のpH ,比重測定のため)

      競技者は,過去7日間に摂取した薬物をすべてドーピング・コントロール係官に申告する。係官はそれを公式記録書に記載する。

      ドーピング・コントロール係官は,検体ボトルと搬送用コンテナーのコード番号が同一であることを確認し,公式記録書に記載する。次に,競技者はその公式記録書に記載された番号と,検体ボトルと搬送用コンテナーのコード番号が同一であることを確認する。

      競技者は、ドーピング・コントロール公式記録書に署名。

これですべての手続きが終了となっています。

前述の藤本さんが大会期間中2回検査を受けられたときは,1回目は予告なしに予選中に,2回目は4位入賞の時,いずれも競技会場での検査だったそうです。「当時は意外と恥ずかしくはなかった。何もしていないし,やましいことがなかったので。」とのことですが,「今考えると恥ずかしい」ともおっしゃっていました。検査対象選手は当日ベンチ入りした選手全員だったそうです。

「鏡張りのところでのトイレ」について藤本さんにスケッチしていただいたものを参考に概要図を描いてみました。



(図解)

 



選手はドーピング検査を行う旨の通告を受ける

 

 

1時間以内にドーピング検査室へ出頭
(立会いに同伴者が必要)

 

 

ドーピング検査室で登録とコード番号の決定を行う(シールを選ぶ)

 

 

飲み物を飲みながら待機

 

 

採尿カップを選ぶ

 

 

同性の立会いのもと、採尿カップに尿を入れる

 

 

Aビン、Bビンを入れる容器を選ぶ

 

 

Aビンへ50ml、Bビンへ25ml、採尿カップから分配する

 

 

Aビン、Bビンにそれぞれシールを貼り、さらにそれぞれを選んだ容器に入れてもう一度容器をシールで封印する

 

 

 

係官に検体を提出し、過去3日間に服用した薬を述べる

 

 

用紙にサインする
(上に選手のサイン
下に同伴者のサイン )

 

 

依頼書・同意書の控えを受け取り、終了
(係官は原本を保管)

 

 

 

(7) ドーピングの変遷

ドーピングの歴史について,記録に残っている主なものを抜粋して記します。

 

1865年 アムステルダム運河水泳競技大会

選手が“dope”を使用。スポーツ競技会で人が薬物を使用した最初の記録

1879年 6日間自転車レースでのドーピング

1886年 トリメチルの過剰投与による最初の死亡事故例

1900年〜1950年 スポーツ界におけるdopeの広がり

1955年 ツール・ド・フランスの自転車選手20%が覚醒剤陽性,その後依存症となる

1960年 オリンピックで初の死亡事故 (ローマオリンピック、デンマーク自転車選手)

〜この死亡事故を機にアンチ・ドーピングへの取り組みが始まる〜

1962年 IOC総会で「アンチ・ドーピング」決議採択

1964年 ドーピング検査の導入決定

1968年 オリンピック大会初のドーピング検査実施

1976年 蛋白同化ステロイド検査開始

1986年 「抜き打ち」ドーピング検査開始

1988年 ベン・ジョンソン(カナダ)が「スタゾール陽性」により失格

〜この事件により広くドーピングについて認知され始める

この年よりドーピング定義の拡大(不正行為を含むようになる)〜

1993年 ステロイド以外の蛋白同化作用薬物を広く禁止

2002年 ドーピングに血液検査導入

 

 

 

 

(8) 最新のドーピング事情

  検査技術の進歩で,不正側の選択肢はどんどん狭められ,現在は本来人体に存在する物質と同成分の薬物使用が警戒されています。

 アテネ五輪では,赤血球を増やし持久力を高めるエリスロポエチン(EPO)と筋肉増強作用があるヒト成長ホルモン(hGH)に注目が集まりました。本来EPOは貧血治療,hGHは低身長症治療に使う薬品で「入手しやすく今が“旬”のドーピング薬物」だそうです。両者のような人体に存在するホルモンは検出するだけでは不正を見破れませんが,検査方法は確立されており,「EPOは天然型と人工型とで分子構造に違いがあるためわかる」(三菱化学ビーシーエル 植木室長)とのことです。

また,hGHの検査法についても,「通常人体には四種類のhGHがバランスよく存在し,不正物質として体内に入った一種類だけ数値が突出するのでわかる」(同植木氏)とのことです。

さらに,遺伝子ドーピングも「医療技術的に可能な領域」(植木氏)に入っていますが,医療現場では副作用の制御が困難で,まだ実験段階を脱していない現状です。しかし出現の可能性については「遺伝子医療技術者の協力があれば難しくなく,EPO・hGHの他に筋肉の増大を抑えるホルモン,ミオスタチンの使用もあり得る。」(国際バイオ研究所 田中氏)とのことです。

しかし,「遺伝子ドーピングへの検査技術はまだ確立されておらず,事実選手から細胞診を行うのは難しいのでは」との声もあります。

不正側と検出側のデットヒートは永遠に続くと考えられています。


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